とうとう、退院と相成りました。
1月7日(水)の日記です。
1月7日(水)
朝6:00起床。特に何もなく、少しづつ片づけを始める。
8:00過ぎ~10:00頃、朝食。食後、本格的に荷物をまとめる。
パジャマ2着、パンツ4着、浴衣、丁字帯(T字帯:カテーテル通す時に着用したふんどしみたいなの)4着、箸、布きん、コップ2個(毎日、朝と夜にほうじ茶と水をやかんで入れに来てくれる)、歯磨き、旅行用のシャンプー・リンスセット、小さい石鹸、タオル、洗剤、筆記具、手帖、A5判スケッチブック、本、雑誌(文庫2冊、雑誌2冊)、ポケットティッシュ、ウェットティッシュ、サンダル、財布(お金は必要最低限。ベット横の3段棚には、鍵のついた貴重品ボックスがあったが箱ごと取られることも懸念して少なめに。鍵は常に携帯。あと、テレカは必須。)をまとめ、服を着替えてTVを見ながら坐して待つ。そういえば、TVカードもういらないのか。今使っているのも含めて7枚使用。7,000円、7,000分(時間にすると約116時間ぐらいか)。
11:00頃、看護士さんが、お昼食べて行かれますか?と確認に来る。ちょっと迷ったが、早く家に帰りたかったため丁重にお断りする。
12:00前、管理栄養士や看護士さんのワーファリンの説明、今後の食事に関する説明。退院の手続き。
12:30頃、退院処理の為、預けていた診察カードが返され退院手続き終了。退院へ。
荷物を抱えて、バスに乗る。バス停から自宅まで徒歩で15分程度。途中のセブンイレブンで、“あんかけかた焼きそば”と、HOTのほうじ茶を買って帰宅。
退院後のそれから(2年半後現在)・・・
やはり退院直後は歩くのもゆっくりで、道行き休み休みでした。電車に乗っても、20分もすれば腰が痛くなってきたり、かなりの筋力の衰えを感じてました。始めの頃はいつまでこんな状態なのかと思ってましたが、近所の散歩やら続けていたら1週間ぐらいで普通に戻れた気はします。
ただ疲れやすさや、右足の膨れはその後も暫く悩まされ、結局何だかんだで半年~1年ぐらいは突然の右足の膨れ(炎症)に襲われました。ひどいと全身がだるくなることもあり、そういう際にはロキソニン(消炎剤)でしのいだりしてました。現在も極たまにありますが、以前ほどではなくなりました。
肺の方は、普段の生活において別段苦しさなどは感じないのですが、寝る際に左を下にして寝ると、暫くしてちょっと苦しくなることがあります。ただ、果たして病気が原因のものなのか、心因的なものなのかは分かりません。持久力が元々ない所為か、自転車で長距離走った時の息切れや疲れも、病気をしたためのものかは分かりません。結局、肺は1/12ぐらい無くても、まぁ、やっていけるということなのでしょう。
あと、煙草を辞めた上に病院食の反動で、甘いものを以前より食べる様になり、10kg近く太ってしまいました。
入院中は体重が何キロか落ちていたのに。(そういえば、肺血栓塞栓症は体重が落ちると担当医が言っていたっけ。)
退院から2年半経ちましたが、依然2ヵ月に1回の通院は続き、ワーファリンも弾性ストッキングも手放せない生活が続いております。以前は、退院後大体2年間が予後治療期間と言われていたのですが、血栓ができる要因が分からないという理由から、今後も(一生かどうかは分からないが)現在の状態を維持することが肝要と診断されました。加えて、悪玉コレステロール値だけが、安定して以前より高いこともあり(他が変動しても、安定してちょっと高い。何故か学生時代からしばしば指摘を受けてる。)、こちらの治療も目の端っこに見え隠れしている状態です。血栓とコレステロール値の因果関係については、担当医もはっきりとは分からないけど、低いに越したことはないとの見解でした。
と、いうことで現在も通院・ワーファリン・弾性ストッキングは続いております。取り敢えず現状における変化がないため、今回で入院中の記録は締めたいと思います。あまり、病気に関する参考にはならないとは思いますが、あくまで個人の述懐・雑記として捉えていただければ幸いです。
退院直前のこの日のエピソードも、思い出深いものだと思う。ただ、なんかドラマっぽいとは思わなかったなぁ。なんかあそこまで殺伐とした感じじゃないし。教授のせいだろうか?
1月6日(火)の日記です。
1月6日(火)
6:00起床。看護士さんによると、検査結果待たずしてもう退院決定のようだ。
8:00、実家に電話。明日退院の旨伝える。大分から行くと言われたが断る。
9:00、担当看護士より、改めてワーファリンの飲み方、次回外来通院の日取りなどの説明を受ける。
10:00、突然管内に放送が入り、大学病院名物(?)教授による大回診開始との連絡。
入院中初めてだったので、一人なんだなんだ状態。小一時間もすると、教授中心に担当医の先生含む6,7人の先生、3人の看護士がわやわやと6人部屋に登場。部屋内のそれぞれの患者さん1人1人に対し、病状・経過を確認。
教授は様々なことを、それぞれの担当医に質問。時には試すような感じで確認を行っていた。とうとう自分の番。教授は小柄でひょろっとしてて、禿頭で眼鏡をかけて、少し茶目っ気を感じる初老のおじさんだった。多分言葉のイメージからの想像でハズレなしな感じ。しかし担当医がかなり緊張してる所を見ると、やはり凄い人なのだろう。
担当医と教授の話によると、左肺の上部につまっている血液は古い血らしいので、もしかすると右足の血栓とは別もあり得たが、経過では他の要因が見受けられなかったとのこと。
再発の防止のためにはなるべく足を動かすことが良いという担当医の話を受けて、教授が「ああ、じゃああれだ、貧乏ゆすりだ。キミ、貧乏ゆすりしないの?」と突然こっちに話を振ってきた。思わず「いや、しないです。」と即答すると、「そうか、そうだよな。してたら血栓出来てなかったかもしれないしな。」とおどける風に返された。
続けて「これからは再発しないように貧乏ゆすりをしなさい。そうだ、貧乏になりなさい。そうすれば自然に出る様になる。」と高笑い。看護士さんが「そうゆうことじゃないでしょ。」とすかざず突っ込んでた。そのまま教授と看護士さんたちはニコニコ笑いながら去って行ったが、担当医含む先生方は終始、こわばった表情だった。
なんか唐突に始まって、唐突に終わった感で、暫し茫然としてしまった。
13:30、昼食、テレビ東京の昼のロードショー「バッドボーイズ」をだらだら見る。特に面白くない。途中、棟全体の掃除が始まってしまい、ベットなどもどかされるため、外に出る。やることもないので、部屋のある3階と1階を行ったり来たり。終わって戻ると「バッドボーイズ」終わってた。でも、凄い「まぁ良いや」感が漂う。
15:30、「翔ぶが如く1」の続きを読む。段々慣れてきた感はあるが、全10巻は流石に辛い。読める気が全くしない。
16:40、清算事務の方が入院費を伝えにくる。12月の分のみで、95万越え(保険負担非適用だと310万越え。)と言われ、思わず「いや、無理です。」と淡々と答えてしまった。てっきり分割の相談になるのかと思っていたら、「委任払い制度」について説明を受ける。(正確には、高額医療費委任払い制度と言って、医療費が月額で一定の料金を超えた場合、一定以上の請求に関しては健康保険組合より払い戻しされるor肩代わりしてくれる制度。詳しくはwikiとかyahoo保険とかで。)
ああ・・・そういう制度があるんだ・・・保険料支払っててよかった・・・真面目に生きてれば良いことうんぬんかんぬん。ということで、保険組合へ連絡することになった。いや、ほんと助かった。
17:00、明日は手術立ち会いだという担当医から、1日早い病気に関する説明をナースステーションで受ける。(ほんとは退院直前に行うらしい。しかも入院部屋で。)目まぐるしく働いてる看護士さんたちの中で、椅子に座って細々と説明を聞く。これまで聞いてきたことの総括がほとんどではあったが、改めて纏めると、
- 左肺上部6分の1は血管が詰まり、酸素と二酸化炭素のガス交換が行われないため、欠損状態となっている。
- 左肺に飛んだ血栓は結構古いもので、実はかなり前から血栓が飛んで、詰まっていた可能性が高い。(因みに血栓は新しく固まったものが飛ぶ。古くなると固まり、血管に癒着するらしい。)
- 肺に関して、日常生活には支障はないが、これ以上の欠損は危険。
- 右足のくるぶし部、ひざの裏合計25cm程の範囲の静脈は既に血管と血液が癒着を起こしているため、今後使われることはない。ただし、表在血管を含む他の血管が太くなって来ていることが認められたので、変わりは果たしている。
- 血液検査を行った結果、血栓が出来る要因がつかめず、原因根絶には至れない。今後の予後経過にもよるが、ワーファリン&弾性ストッキングはかなり長い期間続けなくてはならないことになる。
あとは、退院直後にいきなりフルマラソンとかは辞めてくれと言われた。病気じゃなくても御免です。兎に角、動くことと水分補給、薬の飲み忘れが無いように気をつける等々。
17:30ごろ、同居人が診察カードや通帳やらを持って来てくれる。18:00過ぎに帰る。
18:30、先ほどの清算事務の方が、委任払い適応後の個人負担額を計算して伝えに来てくれる。なんか11万程になってるんですけど・・・。ほんとか?これ。zip圧縮かけてもこうは行かない。支払いは退院後初外来の23日ということで、折角持ってきてもらった印鑑やらは保留に。
19:00、夕食。
多分0:00頃、就寝。
いびきがうるさい人は困る。そういう人に限って、寝るのが早いというオチ。月並みだし、いい加減そういうネタ振り辞めましょうよと言っても、寝たふりどころかマジ寝で高いびき。
1月5日(月)の日記です。
1月5日(月)
6:00起床。血液検査、レントゲン、心電図、胸部エコーが今日のスケジュール。
病院へ戻り、一晩明けて思うのは、やはり今後のこと。果たして今週中に退院出来るのか、退院しても入院費は払えるのか、いつになったら普通に仕事に復帰できるのか・・・不安だらけ。
9:00看護士さんからエコーの時間が順番で、大体15:30からだと聞く。遅い・・・。先にレントゲン、心電図に行っても、なんか行ったり来たりになってしまうので取り敢えず待つことに。暇そうに本読んでたら(何故か「ダヴィンチ・コード」)、他の看護士さんに、お風呂(予約制だが、空いてる時は入れる。)が空いてるので入ってきたらどうかと薦められる。実は入院中一回も入ってないので、気にはなったが、気分が乗らず辞めておく。
9:50担当医来る。今年初めて会うが、新年の挨拶なしに退院のお話。(故意かどうかは分からないが、先生方はこういった挨拶を自分からは避けてるようにも見受けられた。)今日の検査結果次第で、予定通り水曜日にという話。退院時には家族同伴で説明を受ける方もいるが、どうするかと確認されるも、検査結果出てからじゃないと退院決定じゃないのだから、無駄足になる可能性もまだあるわけだし、別に本人一人でも構わないとのことだったので、呼ばないことにする。もう、咳も血痰も嘘のように出ないので大丈夫だとは思うが、入院中の再発の一件を考えると油断が出来ない心持ち。
10:00過ぎ、売店行って戻ってきてゴロゴロしてたら看護士さんがやって来て、エコーの順番が空いたので、これから行けますか?と聞かれる。もちろん行くことにする。エコーに大体30分、レントゲン、心電図も待ち時間入れて30分程度なので、1時間で終了。6人部屋に戻ると隣に新しい方(おっちゃん)が入ってきた。
12:40過ぎ、昼食。食べ終わって自分の箸を洗って、くつろいでると、隣の新しく来た“おっちゃん”が突然物凄く大きないびきをかき始める。部屋の人たちは黙っていたが、皆、意識がそちらへ一斉に向かったのがはっきり分かった。
15:00過ぎ、改めて売店へ。黒糖キャラメルを買ってくる。非常に甘いものが食べたい。
16:00~17:00過ぎ、「翔ぶが如く1」を読んだり、落書きしたり。司馬遼太郎の小説は間に挟まる歴史の裏話にばっか気が行ってしまい、本編からどんどん頭から離れてしまうため、個人的には些か苦手。
17:00過ぎ、同居人来る。明日、入院費支払いに必要な診察カードや通帳などを持ってきてもらうようにする。
18:00夕ご飯
19:00~20:30TVを見る。特に面白くはない。隣の“おっちゃん”のいびきがまたうるさくなった。昼間も寝てたのになぁ・・・。
21:00~22:00頃、隣の“おっちゃん”対策グッズとして、ティッシュで耳栓を作り、「翔ぶが如く1」を読む。その後、就寝。