2009 – 犬の手帖

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― 2009.12.14

肺血栓・静脈血栓の経過及び入院中の記録 17

先週の金曜日に血液検査に行ってきました。約2ヵ月に一回の定期通院にも慣れっこ。
大抵、診察が午後1時からで、検査結果に小一時間かかるので血を抜くのは12時前後。お腹がすいても検査結果に影響が出るので、診察終わるまで何も食べれません。(朝早くに食べるなら大丈夫らしいけど。)だから水飲んで、ガム噛んで我慢。
今回も結果は特に変化なし。
そういや、もう1年経つんですな。ICUに入れられてから。
当 時は意外と平気な感じでしたが、今思うと結構辛かった気もします。って、こんなこと前に書いたような気がするけどまぁいいや。熱ずっと出てたし、足もパン パンで痛いし、夜中に起きちゃ血痰吐いて。でも不思議と「死」が見えてこなかった。ICUに入れられた時もなんか凄く大丈夫な気がしてました。
多分、段々弱って死に向かっていくという状況ではなかったからだと思います。10基準で6とか5とかの位置をキープしつつ、死ぬ時は突然一気にライフ0な状況。だからこそのICU。それゆけ僕らのICU。
12月30日の入院というか外泊日記です。

12月30日(火)
外泊1日目
先日夜に点滴したため、今朝の点滴はなし。朝9:00に同居人が迎えにきてくれる。それまで夜に看護士さんに直に手渡されていたワーファリンを外泊日数分もらい、その後バスで家に帰る。

ネコ2匹とも半月ぶりに会うのだが、
「もう自分のことを忘れているんじゃないか。」
「あいつら知らない人が来たら物凄くおびえるからなぁ。」
「ネコは一週間で飼い主の顔忘れるとか聞いたしなぁ。」
などと考えながら、なんとなしに緊張しつつ家に入ると、でっかい茶虎オス推定5,6歳の方は意外にも、なんかものすごく普通。ブランクを感じさせないすり寄り方をされ、思わず嬉しくなる。

しかし、小さいマダラ(三毛+キジ?)ネコメス推定3歳の方はダッシュで逃げだし、物陰からじっと見ている。ただ、でかいのがあまりにも普通の様子なので、すぐに思い出してくれたらしく、普通に戻ってきてのどを鳴らして甘えてきた。

まぁ、ネコは置いといて、少し一息ついたのち、年末ということもあり、近所の商店街に鏡餅やらソバやら買いに行く。ほんの近所に行っただけなのに、帰って来たら疲れてしまい2時間ほど眠ってしまう。

夜 には半月ぶりのシャワー。カテーテルの痕には防水シート。といっても、既に絆創膏での処置で大丈夫な感じに傷はふさがっている。(血がたまってできた? “しこり”と、うっ血がまだ少し残っているが。)半月ぶりとは言え、自分でもびっくりするぐらい感慨がなかった。なんかそういう感情がボンヤリしてる。

足の太さをビニールテープを使って朝夕と測ることにする。
右足は元には戻らないと言われていたが、行動によって太さの増減があるようなので今後の日常生活での目安にはなるはず。

<朝(病院での測定)>
左足ふくらはぎ:32.5cm もも:43cm
右足ふくらはぎ:34.5cm もも:44cm

<夜>
左足ふくらはぎ:32.5cm もも:43cm
右足ふくらはぎ:34.5cm もも:44.5cm

― 2009.10.09

肺血栓・静脈血栓の経過及び入院中の記録 16

なんだかんだでここまで入院日記も書いてきました。通産16回目。自分で言うのもアレだが、結構大変な病気(のはず。)にしては大した回数にはなってないような・・・。まぁ、正直のど元過ぎれば的なところもある。最近では全てにおいて良くも悪くも“こなれて”きた感があります。薬にしても足の腫れにしても。
油断するのは良くないですが、まぁ、悔やんでも今さらなので。
つうわけで、12月29日の日記です。

12月29日(月)
起床5:30。今度は左からつーっと鼻血。

6:10朝の計測。うっ血の左腕も右足もこのところずっと太さ変わらず。右足の造影検査は8:50からだそうで、その際に抗生剤の点滴を打ちながら処置室へ向かうとのことで今は点滴なし。右腕の血管痛がまだ治まらず、ズキズキ痛む。

8:40車椅子で放射線科へ。
両足の造影、右足の元々詰まってたところは、近在の血管がしっかりとその分の役割を果たし始めたのが確認できたらしい。これ以上の処置は取り敢えず必要なしとのこと。
左足、血管が非常に細くなっていて、針が中々入らない。入れても血管にしっかり入っていないため、確認のために流しているであろう生食(生理食塩水)が皮下に漏れて膨れ上がり、何回か痛い思いをしたが結果は良し。血栓もなくなったそう。

取り敢えず、全てが元に戻ったわけではないがOKは出た。思わず「有難う御座いました。」と素直な気持ちが口を突いて出た。早く相方と両親に伝えたくて仕方がなかった。 横になったままでストレッチャーに移され、病室へ。

暫くの後、担当医が来て「もう外泊も外出もOKなので、言ってもらえれば応対しますよ。ただ、1/2と1/5の午前中に採血検査しなくちゃならないんで、それ以外の日になりますけど。」と伝えに来る。

肝 心の退院については、その血液検査の結果次第ということになるが、最短で1/7だそう。 結局年またぎ約3週間の入院。あ、まだ退院決定じゃなかった。それに退院してもこれから通院が待ってる。入院費も心配だ。再発予防に弾性ストッキング も買わなくては。まだ微熱やら右足のむくみやら左腕のうっ血・カテーテルの痕のしこり(以前より小さくはなったが。)も心配だ。油断は禁物。

15:00ごろ相方来る。一時帰宅のこと伝える。

16:00 看護士さんに、明日一時帰宅したい旨伝えるが31日まで点滴がある予定だからダメなんじゃないかといわれる。主治医はいつでもと言っていたのに・・・。確 認取ってもらうことに。中途、相方が売店で弾性ストッキング買ってきてくれる。ひと組3,000円ちょっとする・・・。あぁ、意外と高いのね・・・。

16:30外泊OKの知らせ。何だよ、やっぱり看護士さんに伝わってなかった。一安心。

17:00相方帰る。実家へ電話。度数“8”のテレカで母親に処置無事終了&一時帰宅&1/7ごろ退院予定と速足で伝える。詳細は明日帰ってから連絡すると言ったところで丁度“0”。

20:00外泊届をいつ書けば良いのか看護士さんに聞くと、明日の朝で良いそう。直前で良いとは結構ルーズな感じ。心配なので持ってきてもらって今書くことにした。そしたらついでに明日の朝分の点滴までついてきた。抗生剤&鉄分の点滴うちながら外泊届を書く。
それにしても、いろんなところが痒い。左足の付け根のカテーテルの痕とか、左腕のうっ血したところがムズムズと。治りかけなのか。その反面、腰と背中と右側の横隔膜が痛い。湿布は暫く手放せなさそうだ。しかし気分は軽い。 はやく我が家のネコ2匹に会いたい。

21:00過ぎになんとなく就寝。

― 2009.09.20

肺血栓・静脈血栓の経過及び入院中の記録 15

最近のワタクシですが、相変わらず、約2ヵ月に一遍の病院通いに、相変わらずのワーファリン3錠・弾性ストッキングの生活が続いております。血液検査も特に変化なく、毎回先生に「このまま様子見ましょう。」と言われて帰ってきます。まぁ、悪くなってるわけではないので地道に行くしかないのですが、良くなってる様子もないので嬉しくはない・・・。
右足もどういうタイミングか分からないけど、急に膨れて赤くなったりします。どうも単純に“疲れているから”って訳でもなさそうで、よく分からないのが困り ものです。でもこれが1日休めばケロッと治るのが余計に分からない。膨れてる時はなんか体がダルイし、右足重いわで結構つらいのですが、休めば治る。自転 車で30キロ走ってもならないときはならない。一体これは何なんだと。
あと、一時期、弾性ストキングの滑り止め(太ももまでのタイプなの で、上の方4cmぐらいに渡ってシリコンゴムの粒々が滑り止めとして内側についている。)のせいで太ももがかぶれまくって大変でした。丁度シリコンゴムの 粒々の当たる部分が赤くかぶれ、規則正しく並んだ湿疹となり、太ももの周りを行進してました。もう痒くてたまらないので、ガーゼを太ももに巻いて、それを押さえる様にして履くことにしました。おかげでひと月もすれば痒みは治まりましたが、痕は未だに残ってます。
そんな状態です。うぬ、まったく前に進んでる感じがしない。まぁ入院してる時よりかはましか。
と、いうわけで12月28日の日記です。

12月28日(日)
5:30起床。朝からつーっと鼻血(右)。実は先日から出たり止まったりだったのだが、ワーファリンの所為でちょっとしたキズからでも血が出ると止まりにくい状態のためあまり重要視されていないみたい。そのため今日は自分でっティッシュを詰めるだけの処置。
それよりも、先日の夜から同室の方が血圧の薬の所為で(聞こえる話を総合すると。)、体調が非常に悪くなられたようで、看護士がつきっきりで担当医師も色々注射だのでちょっとした物々しい雰囲気になっている。
当初の自分よりも全然、容体が良さそうな方だったので少し怖くなった。

6:00頃(?)抗生剤&鉄分の点滴。右足・左腕・体温・脈拍計測。

8:30朝食。

15:00までほんと何もない。本読んだりテレビみたり落書きしたり。ごろごろ。

15:00相方来てくれる。明日、造影検査があることを伝えるが、血栓が再々発していたら・・・ということが思わず口をついて出る。肋骨の違和感や、咳やら微熱やらでやっぱりナーバスになっている。情けなく思う。

17:45相方帰る。申し訳なさとイライラで悪いことばかりが頭をグルグルと。

18:30実家へ電話。明日の検査のことを両親にも話す。状況次第では結果の電話ができないのでその時は相方に頼んだ旨伝える。

19:00ごろ。右腕の点滴を刺しているところが、血管痛で痛いうえに点滴が入っていかないので場所を変えてもらう。

10:00頃就寝したと思う。